那谷寺を前田利常が再建
南北朝時代には足利尊氏軍が寺を要塞としたが、新田義貞軍によって焼失されるなど、兵乱によって荒れ果てた時期が続きました。
大きな転機が訪れたのは、江戸時代。寛永17(1640)年、加賀藩3代藩主・前田利常が再建に着手したのです。藩のお抱えの名工として知られた山上善右衛門が手がけた本殿や拝殿、唐門、三重塔、護摩堂、鐘楼、書院の7棟が、国の重要文化財となっています。最も早く完成した書院には前田利常自らが住み、山上らを指揮したといいます。
那谷寺の美しい庭園
書院から見られる庭園は、遠州流茶道の開祖である小堀遠州の監修によるものといわれます。借景や遠近はもちろん、巨石などを駆使して、「綺麗寂び」という美的概念で人気を集めた遠州の美意識が感じられる、古式ゆかしい庭です。
また、隣接する庭園「琉美園」にある自然石「三尊石」は、岩面の裂けた姿が阿弥陀三尊のご来迎に似ていることからこの名が付けられました。その神々しさには、自然と感じ入ってしまいます。
那谷寺の信仰の核である「自然智」とは
那谷寺の信仰の核は、泰澄大師がもたらした「自然智(じねんち)」。大自然そのものを神として、その自然神を拝んだり瞑想したりすることで、生まれながらにもっている智を覚醒しようという教えです。
境内の奇岩遊仙境は、まさに自然智を象徴する自然景観です。昔の海底噴火の跡であったといわれ、長い年月の間、風と波に浸食されて現在の奇岩が形成されました。巨大な岩山に多くの洞窟が空けられた独特の景観は、観音浄土・補陀落(ふだらく)山を思わせます。
今度生まれるとしたら、このような景色とともに過ごしたいという人々の願いによって、境内は美しく保たれて今日までいたりました。
那谷寺は、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で1つ星の認定を受けました。巨大な岩山に多くの洞窟が空けられた奇岩遊仙境は独特の景観。国の名勝となっています。
那谷寺の「胎内くぐり」とは
このように、那谷寺の地には岩山と洞窟がたくさんありました。古来、洞窟は「岩屋」と呼ばれ、住まいとしても使われるものでした。さらには、洞窟は死と葬の場でありながらも他界への入口、すなわち母の胎内とも見られ、生まれる間に魂が清められる場所と信じられてきました。
そうして、洞窟に入って祈ることで、生きている間に自分の罪を浄化し、洞窟から表へ出ることによって清められるという「胎内くぐり」の考えが生まれました。本殿は白山の方を向いており、暗い堂内を一周すれば母の胎内をくぐり抜けたことになるといわれます。
特に加賀の国では、神々の住む白山に死後の魂が登って清められ地上に回帰する、と信じられてきました。その加賀に、こうした胎内くぐりの聖地があるというのはなんともこの地らしいです。
本殿、唐門、拝殿の3棟から成る大悲閣。本殿は岩窟内にあり、屋根がありません。昭和25(1950)年に重要文化財に指定されました。
那谷寺と松尾芭蕉
江戸時代には松尾芭蕉が那谷寺を訪れており、<石山の 石より白し 秋の風>と詠みました。「目のまえの石の山は、風雨にさらされて白くそびえているが、それにもまして、折柄の風光(秋風)の、白くてすがすがしいことよ」といった意味です。
この句にはさまざまな解釈がありますが、白山を連想させる「白」を用いた点が興味深いです。那谷寺を訪れながら、芭蕉も白山の存在やその自然の大きさを感じ取っていたのかもしれません。
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